病院では1990年代に電子カルテの導入が始まりました。また、そのころから必要性を叫ばれていた企業のペーパーレス化も、日本ではなかなか進んでいない状況です。日本には、手書きとハンコの文化が根付いています。ペーパーレス化や電子化は、行政が最も後れていることもあり、企業もそれに合わせるしかないのが実情でした。

 自動車教習所では、修了証明書や卒業証明書に押印が必要です。また、紙の教習原簿には、スタンプカードのように、毎時間の受講結果として日時をボールペンで手書きし、印鑑を押すというものです。道路交通法および警察庁が出している「指定自動車教習所の教習の標準について」には、紙の教習原簿に関する記載があります。

https://youtu.be/TqrkC9iTRjg
FNNプライムオンライン
河野規制改革担当相は、運転免許を取得する際の教習所の学科教習について、オンライン化を目指す考えを示した。 河野規制改革担当相「(自動車教習所における)学科教習のオンライン化に向けて、関係団体と前向きに調整を進めていただくことになりました」 河野規制改革担当相は13日朝の会見で、自動車教習所で教習を終えた際のはんこの押印を廃止するとともに、教室で行っている学科教習のオンライン化に向けて調整する方針を示した。 また、行政ではんこを使うおよそ1万5,000種類の手続きのうち、印鑑登録などが必要な83を除いて押印を廃止し、認め印は全て廃止することになったと明らかにした。 (2020/11/13)

 昨年2020年11月13日、小此木八郎国家公安委員長から、警察のデジタル化取り組み状況の発表がありました。運転免許を取得する際の指定自動車教習所での業務について、各種書類の押印の廃止や学科教習のオンライン化を実現するため、全指連(全日本指定自動車教習所協会連合会)などの関係団体と調整しているということです。

 2020年11月、いよいよ本格的に自動車教習所におけるデジタル化取り組みとして、「各種書類の押印の廃止」も推進されることになりました。修了証明書や卒業証明書などの証明書だけでなく、紙の教習原簿を無くして電子化することもこれから急速に進みそうです。

 教習原簿を無くして電子化するということは、具体的には、教習所でペーパーレス化を進めることですが、教習原簿をペーパーレスにすること自体を「目的」とするのではなく、「手段」として考えることが重要です。

 それでは、教習原簿を電子化する「目的」は何でしょうか?

  • 紙にスタンプを押す手間の削減
  • 紙の教習原簿の出し入れの手間の削減
  • 紙にボールペンで記入する手間の削減
  • 教習情報が電子化されることで迅速に共有できる
  • コンピュータが「不適正事案」にならないように監視
  • 紙にスタンプを押し、その紙を使いまわす際のリスクを無くす
  • 教習原簿から流出する個人情報のリスクを無くす
  • 災害などの際に教習情報がなくなるリスクを無くす
  • 教習原簿の紛失と置き忘れなどのリスクを無くす

 そうです。教習所の業務の効率化とリスクを軽減することが目的です。また、不適正事案が発生しないように、コンピュータが監視でき、教習生へのサービス向上にもなり得るのです。また、免許課が監査(総合検査)を行う場合に、非常に効率的になるはずです。つまり、教習所にとって効率化とリスク軽減になり、免許課も効率的な監査ができ、さらに教習生にとってのサービスを向上させることが目的になります。この部分を理解していないで、単なるペーパーレス化を目的にすると「不要」だとか、「時期早々」という話になってしまいます。

 当社では、2年ほど前から教習原簿の電子化に取り組んでいます。紙の原簿を無くすには、コンピュータで確実に運用できる仕組みが必要です。そこで、先ずは教習所の方と既存の業務フローを作りました。教習所ごとに運用は色々と違う部分もありますが、先ずはモデル校を選んで、業務分析を行って業務フローを作り上げました。次に、その業務フローに問題になる可能性のある「リスク」を書き込みました。個人情報の漏洩や犯罪だけでなく、業務効率の悪い部分を追記しました。それから、「紙の教習原簿を無くした場合の業務フロー」を作り上げました。

 「紙の教習原簿を無くした場合の業務フロー」を作成したことで、逆にこれまでの「紙の教習原簿」の問題点がより顕著に分かるようになりました。「紙の教習原簿」は非効率であり、情報漏洩のリスクがあり、そしてコストもかかっているということです。

 上の図は、入校時に「紙の教習原簿」と「教習手帳」を作成するイメージ図です。教習生は「住民表」を持参して「入校申込」を手書きで記入します。教習所が「住民表」と「入校申込」を受け取って、パソコンに登録します。教習生をデジタルカメラで写真を撮り、「顔写真」を印刷します。入校時に必要な情報を登録すると「紙の教習原簿」の表紙を印刷します。氏名、教習生番号、住所などが印刷されます。印刷した教習原簿に写真を貼ります。氏名シールを作成して、教習手帳に貼ります。また、配車機で本人認証をするためのICカードの登録を行います。

 次に上の図で「教習原簿を電子化した運用」の説明をします。
入校申込は、タブレットPCから教習生自身で登録します。教習所は住民票を受け取って、教習生の入力した情報の確認を行い、必要に応じて修正します。入校申込は、保管用に紙に印刷します。ICカードの代わりに、顔写真を登録します。

 上の図、「現状の(紙の教習原簿を利用した)運用」は、配車時の運用イメージです。教習生はICカードをカードリーダにかざすと、本人認証され自動配車されます。画面に日時、教習名、指導員名、教習車の車番が表示され、同時にレシートプリンタに配車券が印刷されます。また、教習原簿を原簿検索機からICカードで取り出します。指導員は、教習原簿の顔写真で本人確認を行います。

上の図、「教習原簿を電子化した運用」では、先ずAI顔認証機で「顔認証」を行います。認証できると教習生のスマホに日時、教習名、指導員名、教習車の車番が表示されます。指導員はiPad(タブレットPC)で教習生の本人確認を行います。この際に、眼鏡の有無や教習開始時のチェックを行います。

 教習原簿を電子化した場合、教習生は進捗確認ができませんので、教習手帳を電子化した電子教習手帳をスマホアプリから確認します。具体的には、「技能実績」「学科実績」「検定実績」「仮免試験結果」の他に「予約内容」を確認できます。ここに「教習生用申し送り事項」で教習生に見てもらいたい内容を記載します。

 指導員は、iPadやパソコンで教習生の教習状況を確認できます。「技能実績」「学科実績」「検定実績」「仮免試験結果」「予約内容」「教習生用申し送り事項」の他に、「指導員用申し送り事項」を全職員で共有できるようになります。

コンピュータの歴史

 教習原簿を電子化するにあたって、自動車教習所におけるコンピュータの歴史を振り返ってみたいと思いますが、その前に一般的なコンピュータの歴史を簡単に説明します。

 世界最初のコンピュータ「ENIAC」は、1946年アメリカで生まれました。アメリカ陸軍の大砲の弾道計算用に開発されました。その1年前の1945年には第二次世界大戦が終わっており、その直後ということになります。その後、日本に初めてアメリカ製のコンピュータが輸入されたのが1955年です。その翌年の1956年には日本製のコンピュータFUJICも登場しています。

 1970年代は、高額なアメリカ製の大型汎用コンピュータに比べて、小型で安いオフィスコンピュータ(オフコン)が日本でも登場します。オフコンは日本独自の漢字(2バイト文字)が扱えることと、NECや富士通などの日本のメーカが製造したこともあり、品質が高く、サポートもしっかりしていましたので、日本の中小企業にも導入が続きます。もちろんOSもNECや富士通、三菱電機など独自の技術で開発されていました。オフコンは日本のコンピュータの最盛期でした。しかし、オフコンの時代も長く続かず、1990年代に登場したアメリカ製のパソコンサーバ(PCサーバ)に取って代わられました。PCサーバは、当初はUNIXというOSで、次第にマイクロソフト社のWindowsNTサーバというOSが普及して行きました。その後、オープンソース(無料)のLinuxOSもPCサーバに加わり、その結果、日本独自のオフコンOSは、NEC、富士通が撤退してその歴史を終えました。日本独自の携帯電話技術(ガラケー)が死滅したように、オフコンも世界標準の前に絶滅してしまったのです。

 PCサーバは、現在の主流のリレーショナル・データベースであるSQLサーバやOracleを快適に動かし、インターネットに接続ができ、24時間、365日の連続稼働もできましたので、現在のシステム構築の主流になっています。そして、1998年にグーグル社が設立され、その後、2006年からクラウドサービスが急速に広がりました。

 クラウドサービスに対して、PCサーバを自社内に設置することを「オンプレミス(オンプレ)」と言います。イメージ的なものですが、クラウドサービスは「賃貸で借家に住む」ようなもの、オンプレミスは「土地と家を買って自分のものにして住む」という感じです。つまり、クラウドサービスは、「借りる」もので、オンプレミスは「購入する」と思ってください。

 クラウドサービスの主流はUNIX系のOSです。一部、Windowsもありますが、UNIXまたはLinuxがほとんどです。

 一方、オンプレミスはWindowsサーバが主流で、UNIX系のOSは少なくなります。

 また、インターネットはもともとアメリカの軍事技術だったものですが、それが世界的に広がって、日本で商用化されたのが、1992年です。インターネットが始まって、まだ30年と比較的に新しいサービスです。そのインターネットの普及とともに携帯電話が一般化して、1999年にNTTドコモがiモード、au(KDDI)がEzwebというインターネットサービスを始めました。そしてiPhoneが2007年に登場し、翌年のAndroidを搭載したスマホが世界的に普及しました。スマホは、タッチパネルの画面とカメラやスピーカを持ち、デジカメや音楽プレーヤーとしても使える便利なもので、日本のガラケー(iモード、Ezweb)もスマホにとって代わられました。

 日本人としては、本当に残念な話ですが、今のITの世界では、日本独自の技術はほとんど残っていません。コンピュータの世界はグローバル・スタンダード(世界標準)になったと言われていますが、実はアメリカの技術(アメリカン・スタンダード)になっているのが現状です。。

自動車教習所のコンピュータの歴史

 さて、それでは自動車教習所におけるコンピュータの歴史も見てみましょう。

 自動車教習所では、1970年代からオフコンが導入され始めました。当時の導入目的は「証明書や月報を間違いなく作成する」ということと、「予約、配車管理」を主な目的にしていました。

 この頃のオフコンによる予約・配車が可能な教習所システムは、初期費用が1千万円以上、5年間の維持費用が総額500万円以上というものが一般的でした。中にはハードも含めた初期費用が 5千万円以上で導入した、という話も大げさではなく、本当にあった話です。

 1990年代の後半から、高額なオフコンに代わって、ハードの金額が安いPCサーバで動く教習所システムが登場しました。当時の教習所システムで全国シェア1位のN社の教習所システムは、オフコンからパソコンサーバに進化できずに、そのまま衰退していきました。一方、いち早くオフコンからパソコンサーバに切り替えたO社は全国シェア1位を獲得しています。2000年以降にiモードやEzwebを使った携帯予約(インターネット予約)もPCサーバの教習所システムは対応できましたが、オフコンは対応できなかったことも一因だと思います。ただ、結局今となってはオフコンそのものが無くなってしまったことで、オフコン上で動く教習所システムは無くなってしまいました。

 最近は、クラウドサービスに対応した教習所システムもあります。データベースをクラウドにするシステムもあれば、携帯予約などの一部の機能のみクラウドにしてデータベースは教習所内に設置するというハイブリッドもあります。当社では、IPV4に比べると通信速度の速いIPV6を使ったクラウドのシステムも提供していますが、クラウドの最大の欠点である通信回線のトラブルが起こると教習所の全システムが停止するリスクもあり、今はハイブリッドの教習システムをお勧めしています。

 これからのデジタル化は、「クラウド」「セキュリティ」「スマホ」「タブレット」「インターネット」「AI(人工知能)」「ビッグデータ」「IOT」などがキーワードになると思います。これまでの教習所におけるコンピュータの歴史を振り返ってみると、これから先、デジタル化がどのように進化するか、参考になると思います。

本気で原簿の電子化に取り組むの?

  次の動画は、2019年11月の全国指定自動車学校協会第13次長期ビジョンの発表会における第4班のプレゼンテーションです。教習原簿電子化について、大町自動車学校の鶴田社長がプレゼンしています。

 教習原簿の電子化に関して、先進的なご意見だと思います。「教習原簿電子化はDXの第一歩」ということです。このような革新的な考えを持つ経営者が今後の自動車教習所の業界の担い手になると思います。長年、警察からの許認可という大きな壁で(事実上)新規参入ができないという保護に守られてきた自動車教習所業界も少子化やデジタル化、労働力不足などの外的要因で労働生産性を上げないと生き残っていけない時代になってきました。

 自動車教習所の労働生産性向上の最大の阻害要因だった警察そのものが紙と手書き、ハンコの文化から脱却して「行政のDX推進」によって大きく変わろうとしています。ハンコの廃止、ペーパーレス、デジタル化は、効率とスピードが求められる時代では当たり前のことですが、その具体的な変化が教習原簿の電子化だと思います。